銀座

僕の祖母や叔母は昔からミーハーで、銀座や六本木のような高級商業地が好きで、僕も子供の頃から時々連れてこられていた。

祖母が当時小学一年生だった僕と銀座の寿司屋に行ったところ、カウンターが満席でテーブル席なら空いていますがどうしますか?と店員に尋ねられて、僕に聞くと「カウンター席がいい」と答えたというのが、祖母が酔っ払うと必ず話すお気に入りのエピソードだった。この子はもう子供の頃から粋というものがわかっていた、というわけである。

僕は当時のことはもうあまり覚えていなくて、寿司屋に連れて行かれたことも記憶にない。いつか見に行ったイルミネーションが身動きがとれないほど混んでいて、でも綺麗だったことはなんとなく覚えている。あとは、銀座四丁目の「教文館」という本屋さんの6階にある「ナルニア国」と名付けられた子供向けの書籍が集められたコーナーに連れてってもらえるときがあって、僕にとって退屈な銀座の街でそれだけが唯一の楽しみだった。でも、「ナルニア国」に連れてってくれたのはいつも母親だった気がする。なんで母親と僕が銀座に行っていたのだろう?全然覚えていない。

 

僕が社会人になってからというもの、祖母はことあるごとに僕に銀座で寿司を食べさせてもらいたいとこぼしていた。僕としても祖母がそれを望むのなら叶えてあげたいし、個人的にも毎回聞かされる僕がカウンター席を求めたという寿司屋に一度行ってみたいと思っていたので、2021年11月27日に祖母と叔母と僕の三人で、僕のおごりでその銀座の寿司屋に行くことになった。

 

当日、ひさしぶりに訪れた銀座の街は相変わらず高級ブランドと格式高いレストランやホテルが並んでいて居心地が悪かった。早く着きすぎたので時間を潰せるところを探していると、寿司屋の向かいに教文館があるのが見えた。入ってみると変わらずたくさんの書籍が並んでいて安心感を覚え、同時に子供の頃もこの街で教文館だけが自分のホームのように感じていたのを思い出した。

当時はまるで気づかなかったが、改めて見ると教文館キリスト教関係の書籍がかなり充実してる本屋だった。聖書関連の書籍がちょっと多めに置いてあるとかそういうレベルではなく、3階が全部キリスト教書専用のフロアになっているのだ。僕自身は無神論者だが、どんなものが置いてあるのだろうと3階に行ってみることにした。

そこにはキリスト教関連のあらゆるものがあった。聖書はたくさんの出版社が出しているものが並んでいたし、イスラエル史や古代ユダヤ社会史のような歴史書から中世思想原典集成という読み終わるのに何年もかかりそうな叢書、果てはオルガンの教則本までキリスト教に関係のあるものならなんでもあった。洋書コーナーもあった。ピーターパンやトムソーヤーの冒険のような児童向けの小説もあった(もう内容をよく覚えてないけど、作中で信仰的な場面があったんだろうか?)

しばらく3階を見て回った後、「ナルニア国」のある6階に向かった。子供の頃の記憶では本棚が天井まで届いていて、その鬱蒼とした感じが好きだった気がするのだが、今見てみると本棚のサイズは子供が手の届く範囲になっていた。当たり前だが当時のようなワクワク感を覚えることはなく、自分が大人になってしまったんだなとぼんやり思った。クリスマスに関する絵本や小説が平積みされていて、いよいよ今年も終わりに近づいていることを感じさせた。

 

待ち合わせの時間も近づいてきたので本屋を出て、寿司屋に向かった。まだ開店前だというのに20人ほどの行列ができていた。叔母と祖母と合流して並んで少し待つと、開店して列の人々が店の中に吸い込まれていって、僕たちもどうにかカウンターに座ることができた。軽く店内を見渡してみたが、特に小学生のときの記憶が蘇ることはなかった。店内は寿司屋らしい風貌ではあったが格式高いというほどではなく、様子も静かに寿司を味わうという感じではなくてそれなりに賑やかだった。まあ、銀座の寿司屋と言ってもここはチェーン店で、東京駅だとか伊勢丹だとかの中にもあるのだ。なんならそごう千葉店の中にもある。しかしここにいる客の大半は、僕の祖母と同じように「今自分は銀座で寿司を食べているぞ」と張り切っているのかもしれないと思うとなんだかおもしろかった。

席につくとまず飲み物を何にするか聞かれた。祖母はビールを飲みたがったが、叔母がアルコールに弱い僕に気を遣ってスパークリングワインにしようと言った。どこで飲むときも叔母はそうしてくれて、そのたびに僕は別にビールでも一杯くらいは飲めるんだけどな、と思いながらもビールよりもワインのほうが好きなので黙ってワインにしてもらうのがいつものパターンだった。運ばれてきたワインでとりあえず乾杯したあと、寿司の注文をはじめた。僕はおまかせで握ってもらうことにしたが、二人は酒のつまみを随時適当に頼むと言った。

板前さんが目の前で握って出してくれるお寿司はどれも美味しかった。特にいくらの軍艦が美味しかった。僕は回るお寿司屋さんのことが大好きだし、100円で提供するために半分がきゅうりで埋められたいくら軍艦のことも愛しているが、流石に違うなと感じた。味も濃厚だし、そもそもいくらの物量が違いすぎる。国連軍の潤沢な最新兵器とゲリラ兵の火炎瓶くらい違った。

しばらくお酒を飲んでお寿司を食べながらいろんなことを話していると、祖母がお手洗いに立った。すると叔母が小さな声で、祖母が僕の2つ下の従姉妹に対して、試験もまだなのに大学院に入学するのはいつなのかとか、孫が二人も大学院まで行くことになってうれしいなどと何度も言うのでプレッシャーを感じて困っていると話した。僕は従姉妹に心底同情したが、同時に叔母が僕に対してしてきた同じようなことを思い出してげんなりした。僕が慶應大学に落ちたとわかった日(実際には僕は雪が降って行くのが面倒だったのと、周りへの反抗心からそもそも受けてすらいなかったのだが)、「今お風呂場で泣いています」と連絡が来たのは衝撃的だった。この人は甥っ子がどこに進学したいかなど興味はないし、余計な連絡がまだ受験中の精神状態にどんな影響を与えるかも考えたりはしないが、ただブランドが手に入らなかったことを思って泣けるのだ。しかし、そういう意味では従姉妹は僕よりずっと上手くやっているのかもしれなかった。僕は最後まで自分の苦しみを誰にも見せることができなかったが、従姉妹が大学受験で早稲田に受からなかった後にも叔母は「期待をかけすぎたのかトラウマになっているみたいで反省している」と言っていたし、今回も祖母をたしなめようとしていた。親の愛を引き出すには子供側にも努力が必要なのかもしれない。

お寿司を食べ終わった後、二人がお酒を飲み終わるのを待って会計した。クレカが使えるといいなと思いながらレジに行ったら普通に電子決済が一通り揃っていた。今はもうこういう寿司屋でも使えるんだなあと思いながら支払いを済ませ、お店を出た。叔母がこの後時間があるなら銀座ウエストに行こうと言った。銀座ウエストは老舗の洋菓子屋で喫茶店が併設されている。僕は行ったこともなかったので喜んで行くことにした。

銀座の外れにあるウエストに着くと、沢山の人が並んでいた。順番受付の機械によると8組待ちらしい。叔母が「他のところに行く?」と聞いた。僕は電話番号登録をしておいて呼ばれるまで銀座をぶらぶらしてもいいかなと思っていたが、祖母を連れ回すのもよくないなと思い直して、少し残念だったが賛成した。

 

代わりに帝国ホテルのラウンジでケーキかフルーツを食べようということになった。叔母はもともといわゆる御三家と呼ばれるホテルも好き(ブランドならなんでも好きなのだ)で、結婚式もホテルオークラで挙げたほどだった。しかし、ここも着いてみると2階も17階も満席で入れなかった。日曜日とはいえ、最近は銀座も随分混んでいるらしい。オールドインペリアルバーなら案内できるというので、バーに行くことになった。ふたりとも本当はバーのほうが好きなのでむしろこれでよかったのかもしれない。

高級ホテルのバーなんて生まれて初めて来たが、まるで映画のセットみたいだった。クラシックな雰囲気で、カウンターがものすごく長かった。まだ14時くらいだったので客はまばらだった。カウンターには一人で静かに飲んでるおじさんが何人かいた。新宿にいることが多かったからか、お酒を飲むおじさんと言えば若い女の子を同伴させているイメージしかなかったが、こういう飲み方をする人も、当たり前だけどいるんだなと思った。日曜日の午後に高級バーで1人でお酒を飲んでいるおじさんの人生ってどんな感じなんだろうか。聞いてみたいが、もちろん話しかける勇気はない。

席について、適当にジンベースのカクテルでも頼もうと思ってメニューを見ると、カクテルのページの「インペリアルホテルスペシャル」の欄に「ティンカーベル」というカクテルがあるのを見つけた。午前中に教文館で見たピーターパンのことを思い出し、これも何かの縁だと思ってティンカーベルを頼むことにした。叔母が何を一杯目に頼んだのかは忘れた(ダイキリだったかな?)。祖母はウォッカベースでいくつか適当に好みを伝えて作ってもらっていた。

ティンカーベルは綺麗でかわいいカクテルだった。本来はピンクがかっているみたいだけど、アルコールを弱めにしてほしいと頼んだからか半透明の白に近い色合いで、底には緑のチェリーが沈んでいてティンカーベルを比喩的に表現していた。ラムベースの甘いお酒で、グラスの縁にはソルティドッグの塩のように砂糖が付けられていてとても飲みやすかった。おつまみとして柿ピーが出てきて、こんなゴージャスなバーなのに柿ピーが出るんだと不思議に感じた。後で調べたら、このバーこそが日本ではじめて柿ピーを提供したところらしい。歴史だ。

二人が頼んだカクテルも綺麗だったし、その後に注文したフルーツの盛り合わせも美しく盛り付けられているだけでなく、味も素晴らしいものだった。祖母はカクテルを飲んだあとはウイスキーの水割りを頼み、さらに同じものを一杯頼み、だいぶ酔ってきて息子(僕の父親だ)や甥の結婚相手やその他いろいろの文句を言い始めた。僕はじっとティンカーベルを見つめたり、あまり度が過ぎると適当に話を振って話題を変えたりしていた。店内にはクリスマスが近いからか「もろびとこぞりて」のインストが流れていて、今日はキリスト教に縁があるなと思った。シンエヴァもろびとこぞりて(Joy to the World)が流れるシーン、ミサトさんが槍を届ける場面を想起して、母親の愛、と思った。祖母がいつもどおり、亡くなった祖父も孫の学歴をきっと喜んでいるだろう、祖父は本当に勉強が好きで、死ぬ直前も拙い英文を書いていたくらいだ、という話をしているのを聞き流しているうちに、ふっと「そういえば、祖父はどうして英会話が好きだったんだろう?」ということが気になって、話題としてもまた下町のインテリがどうだのあいつの旦那は駄目だのにいくよりはマシだと思って疑問を口にしてみた。祖母によると、祖父はもともと学生のころから英語が得意かつ好きな科目で、敵性言語なのに一生懸命勉強していたそうだ。僕も語学は好きだけど、祖父もそうだったのだと改めて実感して、それを知れただけでも今日は来てよかったなと思った。

しばらく経ったあと、叔母に彼女と別れたことについて聞かれた。僕はティンカーベルを見つめたまま、曖昧に返事をした。相手が受け取りたいように受け取ってくれればいいと思った。何か一言でも言えばきっと僕の元カノの悪口を言い始めるだろうし、それは半分は僕を励まそうと思ってのことだろうけど、僕は自分が好きだった人の悪口を聞くのが嫌いだった。何も聞かず、何も言わないでほしかった。

追加で注文したショコラボンボンを食べ、ティンカーベルを飲み終わるころには僕は随分寂しい気持ちになっていた。お酒を飲むといつも孤独を感じてしまう。お酒は人の本性をさらけ出すとよく言うけど、僕の根源的な感情は寂しさなんだろうなと思った。早く家に帰りたいとも、どこにも行きたくないとも感じた。行く宛がない。

しかし、やがて二人が満足行くまで飲んだ後お店を出て解散することになった。やっと解放されたという安堵の気持ちと、誰かに会いたいけどそんな人はもういないという悲しさで複雑だったが、とにかく家に帰って、生活と仕事に集中することにした。