メリークリスマス2
今日はクリスマスだけど、そんなことはおかまいなく研究室のゼミがいつも通りあった。普段より少し早くゼミが終わり、研究室に戻って後輩と少し研究の話や雑談をした後、僕は帰る用意をはじめた。
「じゃあ僕はもう帰って半額のクリスマスケーキでも探しに行こうかな」
すると、後輩も立ち上がってこう言った。
「え、駅前のスーパーとか行きます?自分も売れ残りのチキンとかないか見に行こうと思ってたんですよね」
「おお、じゃあ一緒に行こうか」
僕達は研究室を出て、大学のすぐそばにあるスーパーに向かった。位置関係としては大学の隣にスーパーがあり、その向かいに最寄り駅がある。僕はあまり利用しないが、品揃えがコンビニよりは豊富でちょっと安いので人によってはよく使うお店だ。
「まあ、あそこのスーパーにクリスマスケーキがある感じはあまりしないけどね」
「そうですね……まあ行くだけ行ってみましょう」
店内に入ってみると、すぐにクリスマスチキンのコーナーは見つかった。残念ながら安くはなってないようだ。
「製造日は……普通に今日ですね」
「消費期限は明日の朝五時だし数時間後には安くなってそうだけど、まだだったね」
チキンを離れて店内をぐるっと一周してみたが、ケーキは見当たらない。
「なさそうだね」
「一応店員さんに聞いてみましょうか?」
「え、うん、ありがとう」
後輩はすぐに店員さんに話を聞きにいった。普段はおとなしい後輩だけど意外とアグレッシブだ……ケーキ好きなのかな……。
クリスマスケーキはやはりなかったのでスーパーを出てコンビニに向かうことにする。駅に向かって左にある商店街のファミマとドラッグストアがある。
「さっき調べたんだけどさ、今年のファミマのケーキは事前予約だけらしい」
「まあ行ってみましょう」
「うん」
一応行ってはみたものの、どちらもクリスマスケーキの影はなかった。
「近年はクリスマスケーキの安売りを見つけるのも難しくなったねえ……僕はここでご飯食べて帰るつもりだけど、君はどうする?」
僕が言うと、後輩は
「僕はまだ探します。あっちのほうにたしかコンビニありましたよね?」
と言った。
「うん、でもあっちもファミマじゃない?」
「いや、二軒あってひとつはセブンだったような……」
「あっそうだったんだ、じゃあ行こう」
「でもちょっと遠いですね、どうします?」
「いや、行こう。クリスマスケーキを探しに」
僕は心底ケーキが食べたい気持ちになっていたし、それは後輩も同じようだった。聖なる夜に売れ残りのケーキを求め徘徊は続く。
歩いている間はゲームの話をしていた。後輩がシャドバをやってることを知ってたので、自分もプリコネコラボをきっかけにひさしぶりにやったことを話した。
「プリコネ僕もちょっとやってましたよ、レベル50くらいまで上げて飽きてやめましたけど」
「僕もやめたいよ……毎日つらい思いをしながらがんばってプリコネしてる。今って最新話までストーリーが全ユーザーに開放されてて、最新話まで読まないとイベントに参加できない仕様になってるんだけど、おかげで昨日はひたすらストーリーをスキップする作業で一時間を失った」
「やめたらいいんじゃないですか……?」
なぜ人は苦しみながらソシャゲをやるのか。これもまた主が我々に与えた試練なのかもしれませんね……。
セブンイレブンにつき、店内をくまなく見たものの、ここでもクリスマスケーキを見つけることはできなかった。
「ここもだめだったね」
「僕はもうマック食べて帰ります」
「じゃあ僕もそうしようかな」
昨日もマックを食べたけど、クリスマスに2夜連続でマクドナルドを食べるというのもきっと主の思し召しなんだと思う。
「何食べるの?」僕は後輩にたずねてみた。
「僕はいつもチキンクリスプ2個と水ですね」
「いつも!?」
「これが一番コスパがいいんですよ」
「たしかに……たしかに……?」
この後輩はお金がもったいないからと研究室の集まりもよく欠席している人(別に浮いてるから行きたくないわけではなく、純粋にお金を使いたくないため)なので、まあ当然のムーブと言えばそう。僕も雑な食生活をしてないでもっとストイックな節約生活をするべきなのかも……。
「チキンクリスプは野菜も入ってるしお肉もパンもあるから栄養は完璧ですよ」
「それは人によって意見が分かれるところだろうね」
後輩は早晩身体を壊すと思う。
マクドナルドに着いて、僕は少し迷ったあとチーズデミグラスグラコロのセットを注文することにした。節約は明日からがんばろう、今日はクリスマスだからね。
後輩は迷うことなくチキンクリスプ2個と水を注文していた。
雑記 2019/11/16
ついにポケモンの完全新作が発売されましたね!
僕は子供のときからずっとポケモンが大好きなので今作も当然予約しました。
幼稚園の頃なんてずっとコダックのモノマネをしていて、コダックスという謎の団体を結成していました。僕と、特にコダックは好きではない僕以外のメンバーがコダックの真似をするという活動をおこなっていました。意味不明すぎる。
ポケモンが好きというとたまに「対戦ガチ勢なの?」と聞かれますが、真面目に育成や対戦をやってたのはダイパ〜BWくらいで基本的には普通にストーリーやって殿堂入りしてやった〜!という感じでやっております。ガチりたいとも思うけど時間がね……。まあ、もともとルビサファのひみつきちとかダイパのちかつうろを無限にやってたタイプの人なのでそこまで対戦に熱意はないです。
そんなことより卒業、ひいては修論の締切が迫っており、毎日メンタルがバッドをキメています。助けてくれ…………
一応修論を書ける程度の研究成果はすでに出しており(しょぼい国内学会だけど優秀研究賞もらったし)、卒業するだけなら問題はないのですが、やはりできる限りのことはやりきりたいという気持ちがあり、具体的にはトップの国際学会に論文を投稿したく、しかし心が弱すぎて締切という概念が迫ってくると壁を見つめるだけの時間が増えてしまいます。しかも、12月が締切の国際学会に投稿しながら修論も書くとなるとありえんタイトなスケジュールになります。かといってじゃあ適当にのらりくらりとやって卒業まで切り抜けていくかというと自分はそれができる性格ではなく、自分を許せず30万年くらい後悔するでしょう。というか、すでに自分の人生は後悔でいっぱいであり、できる限り増やしたくありません。最終的に間に合わなくて次の国際会議に回すとしてもやれるだけのことはやりたい。だけどもうがんばれないしがんばりたくない……殺してくれ……
やさしい人のふりをする
僕は、インターネットに張り付いている多くの人がそうであるように、人間性に問題がある。 最初に付き合った彼女には「精神科に行くことをおすすめします。私ではあなたを救えないし、専門家に見てもらうべきだと思う」と言われてフラれたし、前の彼女にはサイコパスとかソシオパスとか酷い言われようだった。弁明させてほしいのだが、僕に良心はあるし、共感性はむしろ高いほうだと思う。僕の知る限り、僕の性質を表す言葉は今のところ存在していない。
人は変われない。より良い人間になろうとずっと思ってきたし、あらゆることは努力で改善できると信じてきたが、壊れた心は直らないというのが最近出した結論である。生まれ持ったものか、育った環境かわからないけど、うまく普通になれなかった人間は最後まで普通にはなれない。できるのは、表面を取り繕ってまともなふりをすることだけである。
「中国語の部屋」という思考実験を知っているだろうか。小部屋にイギリス人を閉じ込め、紙切れに中国語を書いて小部屋の中に渡して質問するという話である。当然、イギリス人は中国語が読めないのだが、部屋の中にはマニュアルが置いてあり、こういう文字列にはこういう文字列を書いて返答をするという規則が全て書かれている。すると、部屋の外にいる人は「この小部屋の中には中国語を理解している人がいる」と考えるが、実際には全く理解していないイギリス人がいるだけである。
模範的な人間と同じ気持ちになれなくても、中国語の部屋のように取り繕っていればほとんどはうまくいく。しかし、これは恋人などの親密な関係でやるには厳しいものがある。どうやっても自分の価値観や異常なふるまいが出てきてしまう。一方で、僕らには他人が必要だ。少なくとも、僕は一人では生きていけない。他者依存なのだ。不完全な自分を受け入れてくれる人を探し、その人に明日も赦されていることを祈るしかない。そのために、自分もまたできる限り全てを許し、寛容さを持ち、やさしい人のふりをしたいと思う。だめでも、間違ってても、好きだよ。
today's me
昨日はうちにフォロワーが遊びに来ていました。
フォロワー1はトランポリンで寝ていました。
フォロワー2はウズラの卵を食べていました。
凪のお暇 感想
凪のお暇の漫画を最新巻(5巻)まで読んだので感想を書こうと思う。ちなみにドラマは全く見ていません。
漫画の印象
軸は男二人と凪の恋愛模様と凪自身が自分を見つめ直して成長していくところだと思うが、そこに料理漫画の要素や嫌な女にやり返してスカッとする系(?)など最近の漫画の流行りや、OLあるあるや節約術などいろんなジャンルを混ぜてきている。そしてそのどれもがそれなりにおもしろいのでどれかしらは読む人の趣味にヒットするという形で人気が出てるんじゃないかな?と感じた。結果的に日常生活フェーズと青春フェーズ(?)が生まれるので漫画にメリハリが効いてて飽きないし疲れないのもいい。ただ、展開ありきで漫画を描くところがあって、スカッとジャパンやるために突然婚活に誘われて偶然元職場の人に会ったりとか、自分と元カレを見つめ直すイベントのためにうっかりスナックで遭遇したり(働いてる郊外の場末のスナックにたまたま元カレが来るってもうこれ運命レベルの偶然じゃない?結婚しろ)とか、やりたいことやるためにストーリーとしての必然性はかなり犠牲になっている印象。
登場人物
凪
けっこうこのキャラクターに共感してる人が多い、というかこのキャラの空気を読みすぎて搾取されてしまうところが共感を呼んで一巻の時点でバズってた気がするけど、僕はあんまり共感できなかった。むしろ僕が凪に対して思ってることをだいたい慎二が言う。28歳にもなって物を捨てて生まれ変わった気になってみたり、隣人のことすぐ好きになっちゃって依存したり、なんか自転車で走り始めたり、大学生くらいで通過するべきところをアラサーになってやってるスベってる人。とはいえ、気持ちはわかる。これはよく言われていることだが、本来は人は結婚して子供ができることで育児と生活のために繊細で傷つきやすい心を捨て図太くたくましい大人になる。結婚が遅くなり必ずするものでもなくなった僕達の世代だからこそ、この主人公と漫画が受けているんだと思う。
慎二
自分が一番共感したのはこの人(わかると思うが陽キャで営業で売上ナンバーワンなところではない)。みんながクズクズ言ってるのが胸に刺さりますね。この漫画で一番コミュニケーションが下手。
ゴンさん
いつか本当に刺されて死にそうってみんなに言われてそう。こういうモテモテな男が主人公のことを雑に好きになることをおもしれー女メソッドと呼んでいます(呼んでいません)。
うららちゃん&うららちゃん母
癒やし。凪はDJイベントに行く金でうららちゃんにDSを買え
凪の母
今のところ典型的な毒親だが、漫画のテーマ的には掘り下げと和解イベントがほしい。
市川
スカッとジャパン要員。この子が絡み始めて次の展開が気になる感じになってますね。次巻を待て!
スナックの人たち
みんないい人
元職場の人たち
こわい
全体の感想
よかったところ
- メインのキャラクターたちがみんなどこか欠けていて不完全だけど魅力的
- 凪が成長していく姿は応援したくなる
- うららちゃんと凪がいろいろ手作りしてるシーンが平和な世界で楽しい
- ゲスなエピソードの間に挟まれることでほっこり度が高まっている
- 僕は凪もただのクズだと思うが、キラキラした完璧な登場人物が最高の人生を送っていく話よりも、こういう生きるの下手な人が苦しみながらも生きていく話が好き
つまらなかったところ
- 人間を描くのはうまくみんなどこかにいそうと思えるし、漫画自体も本当の現実社会を生き抜く主人公みたいな体裁で、凪も少女漫画みたいな展開は自分には起きないみたいなことを言っているわりに、かなり都合が良い展開ばかり起きるところ(無職成人女性が主人公で話を動かしづらいのはわかるが……)
- 個人的な趣味の問題だが、嫌な職場の同僚やママ友にキッパリ言いたいことを言うみたいな話は好きじゃない
- これも趣味の問題だが、冴えない主人公がエリートサラリーマンの元カレと死ぬほどモテる隣人に愛されてるけど本人は気づいてないという構図が嫌い(と思っていたが6巻ではどうなるんですかね)
最後に
これは漫画だから急に断捨離して自分探しをはじめても元カレも隣人も自分のことを好きでかまってくれるし、ちょっと勇気出せば隣の女子小学生も遊びに来てくれるし親とも仲良くなれるし、ハロワで会った人ともマブダチになれるし、道を聞いたスナックで気に入られて働けるし、いくらでも良い人間関係が手に入るけど、現実で28歳独身無職が人間関係リセットしたら絶対社会で孤立する
テキスト
モチベーションが死んでて何もやる気でないのでブログを書きます。
みんなはテキストサイトって知ってますか?
2003年くらいまでのweb黎明期に流行っていた、おもしろい文章を日記風に書く個人サイトのことです。
ARuFaの日記ってたぶんみんな知ってると思うんだけど、あれをブログではなく個人のホームページで、しかも画像や動画を使わずテキストのみでやる感じです。
僕がインターネットを見始めたのはブログが流行り始めテキストサイトが廃れ始めたころだったんですが、友達に勧められてテキストサイトを読んだことがあって、めちゃくちゃおもしれェ……って思いました。そして俺も書きてェ……となりました。
小中学生の男子はおもしろいやつが一番偉いみたいなところありますからね。
なので、僕が中学二年生の時にただひとつ、”おもしろい文章を書く”ことを目的としてブログをはじめました。
なにか面白いことはないか?日常を面白おかしく書くにはどうすればいいんだ?と毎日毎日考えていました(毎日更新してたからね)。
今となっては僕にとってブログはどちらかと言うと思い出の記録や自己表現の場ですが、たまに昔の自分を思い出してあの頃みたいにシンプルに生きれたらなって思います。いや、よく考えるとあの頃もかなり死にたい毎日だったのでやっぱいいです。
でもやっぱり僕がブログを書くのって人に読まれたいからっていうのが大きいんだろうなあって最近思います。僕、何度か日々勉強したことを記録するブログみたいなのをやろうとしてるんですけど、一度も続かなかったんですよね。一方で、研究室内のドキュメントとかまだウェブ上に情報がないツールの使い方の記事とかは書けるし書くの楽しいんですよ。これって結局、僕は書くことが好きなんじゃなくて、書いたものを誰かが読んでくれることに喜びを感じてるんだなあって。
ブログもっと書きたいな……。
フォロワー
普段は食べないけど、定期的にふっと食べたくなるものってみんなあると思う。唐突に特定の食べ物が食べたくてたまらなくなるやつ。あのときの感覚と同じように、ときどき無性に文章を書きたくなることがある。でも、そういう日ってたいてい一日が何も起きずに終わって、心が物足りなさを感じているときだから特に書くことがない。そういうわけもあって、今日は以前から書こうと思っていたこと、”インターネットで知り合った人と現実で会うことに対する僕のスタンス”について書こうと思う。
僕がパソコンやインターネットにハマってからもう15年になる。父親が会社から家に持ってきた古いパソコンに夢中になっていた10歳の少年は、大学院で人工知能を研究し、ソフトウェア開発を仕事にするまでになった。
コンピュータが僕の人生で重要な役割を果たすようになった一方で、インターネットもまた僕が生きていく上でその影響力を増していった。去年と今年に至っては現実の友達よりツイッターのフォロワーに会った回数のほうが多くなった。
でも実は、最初からそうだったわけじゃない。僕は昔ネットで知り合った人と会うことを嫌悪していたし、それどころかskypeで通話することすら拒否していた。出会い厨や馴れ合い厨はインターネットをつまらなくする元凶だと思っていた。お互いの素性を明かさず、現実で関わらず、人間関係を築かず、文字だけで勝負しておもしろいことを言う奴が最高だし本物だと信じていた。というのは当時の建前で、僕はネットでもコミュ障で人と仲良くなる方法がわからず、みんなが仲良くしてるのが悔しかったので叩いていた。当時のツイッターを見るとフォロワーたちが馴れ合ってるのを尻目に独り言率が90%を超えていて悲しすぎる。しかも馴れ合ってるのを叩くから余計に孤立していて哀れだった。
とはいえ、当時高校二年生の僕も考えた。毎日こんなにツイッターに時間を費やしているのに、ツイートはあんまり伸びないし、フォロワーともあまり関わりがない。それどころかフォロワー同士が仲良くしているのを見てストレスがたまる。楽しくない。このままでいいのか?不毛すぎないか?ツイッターをやめるべきか?でもそしたら今まで費やした時間が無駄すぎる……。
そこで僕は今までと方針を変え、フォロワーと仲良くすることに努めることにした。ただし、もちろん軟弱な馴れ合い厨になるつもりなどない。あくまでおもしろくて冴えてる会話を交わすためだ。と自分に言い訳して……。
もちろんフォロワーに空中リプにしろ普通のリプにしろ話しかけるのはかなり緊張した。相手からしても今まで全然絡んで来なかったやつが絡んでくるんだからなんだ?となるだろう。でもがんばった。よくフォロワーに絡まれてる人のツイートを観察してノリや内容を真似したりもした。すぐにいろんなフォロワーと仲良くなり、僕は馴れ合い厨と化した。正直やるのが苦痛だったツイッターが楽しくなってきて、今までよりもっと多くの時間をツイッターに費やすようになった。
そうなると次は”ツイッターやりまくってるけど時間の無駄では……?”という気持ちになってくる。じゃあツイッターをやって手に入れたものってなんだろう?と考えてみると、フォロワーたちとの関わりだな、と思った。同時に、でもただのネットでちょっとやりとりしただけの人たちなんだよな、と思い、むなしくなってきた。ツイッターをやっててよかったと思えるとしたら、それは立場も住む場所も全然違う人達と関われることだけど、それはネット上だけの関係では限界がある。このころ僕は19歳で、自分がオフに出ようとしないのは”出会い厨はクソだから”ではなく”自分が人と会うのが怖いから”だと気づいていた。自分の10代を虚無に費やしたことにしないために、僕はフォロワーと会う決心をした。
しかし、マジで怖い。僕はただでさえ人見知りが激しい。それにオタクだし、陰キャだし、オシャレとか全くわからないし、アニメとゲームとインターネットのことしか知らないし、相手が陽キャな感じの人だったら絶対つらい気持ちになる。その上2ch流れの腐れオタクとリアルで会うともなると、自分のコミュニケーション能力も心配しなきゃいけないし、晒される心配もしなきゃいけないし、犯罪に巻き込まれる心配もしなきゃいけない。オフ会から帰ったら会った人にブロックされてたら泣くし、イカついラッパーみたいなのが来てなんかクラブ?みたいなところに連れてかれても泣く。フォロワー2人と会う約束をした前日の夜から既に後悔していた。当日は変な汗が止まらなかったし、やっぱり最初はうまく喋れなかった(途中から慣れた)(相手がオフ慣れしてたからだと思うけど)。
でもやっぱり会ったほうがいいなと思った。ツイッターとリアルだと情報量が違いすぎる。慣れてくるとこのフォロワーはどんな人なのかな~と楽しむ余裕も出てきた(一度僕と同じ弱そうなオタクだろうと思ってたフォロワーが会ったらラッパーっぽい感じでびっくりしたこともあった。話してみたら普通にツイッターと同じノリだった)。それに、その人の暮らしや生き方を少しうかがい知り、ツイッターやってなかったら2人の人生が交わることはなく、絶対こうやって話すこともなかっただろうなあと不思議な気持ちを味わえる。よく大学生が海外に行って「視野が広がった」とか言ってるけどフォロワーと会ったほうが視野が広がると思う。僕の思いもよらないような世界で生きてきた人に何人も会った。まあ、別に視野を広げようと思ってフォロワーと会っているわけではないですが……。
フォロワーと会うのはいつも楽しい。好きな人しかフォローしていないから。まあ、フォロワーは僕と会ってつまんね~時間の無駄だったな~と思っているかもしれませんが……(これはいつもけっこう不安に思っている。僕はフォロワーと話がしたくて会ってるところがあるのでほっとくと無限にトークすることになるが、普通の人間はボウリングとかカラオケとかで遊ぶようなので)。
あなたも、もし仲の良いネットの友達がいたら会ってみると楽しいかもしれません。僕が古い価値観のオタクだから勝手にハードルを感じるだけでみんな普通に会ってるのかもしれないけど。もちろん犯罪に巻き込まれないよう注意する必要はあると思います。僕は男だし破滅願望があるのでわりとノーガードですけど……(突然のメンヘラアピールやめろ)。僕がわりと個人情報ガバガバでやってるのはそのへんの不安も少しでも減らせないかなという思いがあります。
僕も来年度からは社会人なのでもう気軽に遊んだりするのは難しくなるかもしれませんが、いろんな思い出ができてよかったです。ありがとう、フォロワー。