小説:up to you

(これは文学の講義の課題で掌編小説を書くように言われたので、とりあえず練習として書き殴ったものです)

 

 

 

 以前から決めていた仕事に取り掛かろうと、僕は押し入れの中をかき回しながら、どこかにあったはずのハンマーを探していた。親が帰ってくる前に終わらせてしまいたい。毎日家に引きこもってPCの画面と向き合うだけの生活をもう何年も送っている僕にとって、押し入れの捜索はおっくうな重労働だった。マンションの八階に差し込む日はすでに傾いていて、こんな時でも僕はぐずなんだなと苦笑いした。

 長い探索の末、ようやくハンマーを見つけると同時に、ずっと昔に使っていたクレヨンを見つけた。あのころは誰もが特別だった。いろんな記憶が一気に蘇ってくる。小学生の頃は、先生も両親も、周りの大人はみんな、君は何にでもなれるんだ、君には無限の可能性があるって言っていたっけ。中学生のとき、期末試験で好成績をとったとき、いつも怒ってばかりの母親が珍しく自慢の息子だと言っていたなあ。どこでおかしくなっちゃったのかな?本当は才能がないのに、周りの大人の言葉を、当時は暑苦しい綺麗事だと思っていたけれど、実はむしろ誰よりも真に受けていて、自分はなりたいものになら何でもなれるんだと、どこかで信じたまま育ってしまったのかもしれない。だんだん広がっていく歪みを感じつつも、もうちょっと本気を出せば自分も輝かしい選ばれた人間になるのだと。

 しかし、とはいえ、受験に失敗して通いたくもない大学に通っていた僕は、少しずつ自分は何者にでもなれるわけではないのだと気づきはじめた。そこでありのままの自分を受け入れられたらよかったのだが、ずっと自分は何者にもなれるんだと信じ込み、その上あまりにもプライドが高い僕にとって、自分が凡庸な人間でつまらない人生を送るのだという事実を受け入れるのは難しかった。僕は、代わりに、女性の友人に対して恋とも呼べないような何か稚拙な感情を育てはじめた。僕にとって彼女は全てになった。彼女といることが自分にとって至上の幸福であり、人生の全目的であり、よって彼女と共にいられるだけの能力があれば自分は十分であり、それ以上の才能も努力も不必要なのだ。

 至極当然だが、彼女は僕との縁を切った。至極当然だが……しかし、もし彼女が僕を受け入れてくれていれば、ぎりぎりまともな人間に戻れたのかもしれないと思うと……

 

 吐き気がする。逆恨みもいいところだ。悲しい。自分は本当に軽蔑すべき人間になってしまったのだと実感する。邪悪になりたくない……。

 

生まれ変わらなければならない。

 

 彼はパソコンの電源を落とし、ハードディスクを取り出し、ハンマーでハードディスクをていねいに叩き割り、一息ついて、網戸をゆっくりと開け、ベランダに出た。